■農業・農村経済情勢と「三農」の挑戦    *陳錫文(中央農村工作指導小組)

一、2009年の農業・農村情勢
 2009 年は非常に非凡な一年であった。2008 年に爆発した世界金融危機は中国の農業・農村経済発展に大きな影響を及ぼした。党中央と国務院の指導の下、農村の幹部と農民が懸命に努力した結果、全体的に見れば、農村改革と発展が収めた成果は年初の予測以上にうまく進んでおり、以下のように総括することができる。

 ①食糧生産状況が予測より良好であった。
 中国の食糧生産は5 年連続で増産しており、基数が大幅にアップしていたため、2009 年の食糧生産に関しては年初から心配されていた。2009 年2 月には小麦の主な生産地域がひどい春の旱魃被害を受け、7、8 月には秋の旱魃が広範囲に発生したことにより、食糧生産は厳しい試練を受けたが、年末のデータによると、年間の食糧生産量は5308 億㎏となり、2008 年より21 億㎏増えた。金融危機の下で、このような成績を収めるのは容易なことではなかった。2003 年から2009 年に、中国の食糧生産量は4307 億㎏から5308 億㎏に増え、年生産量が1001 億㎏高まった。食糧の6 年連続の増産は、この40年来なかったことである。中国食糧生産の大体のサイクルは4 年を一周期とするものであったが、今回、この周期的変化のパターンを打ち破った。

 ②農民の増収が予測より良好であった。
 2009 年、農民一人当たりの純収入は5100 元を超えた。金融危機の影響で、多くの農民が失業して故郷へ戻った。現在、農民の純収入に占める給与収入の割合は40%に達しているので、2009 年における農民増収の情勢は非常に厳しいと見られていた。この予測に反して農民の純収入が6 年連続で増収したのは容易なことではなかった。

 ③農民工の就職状況が予測より良好であった。
 厳しい情勢の中で、党中央と国務院の指導の下、各クラスの政府はいろいろと方法を考え、農民工ができるだけ早く仕事場に戻れるように努力した。更に重要な原因は、中国の農民工が豊かな生活をたゆまず追求し、どこまでも耐え抜き、苦しみやつらさを耐え忍ぶ優良な資質と非常に強いリスク抵抗力を持っていたことである。2009 年9 月までに農民工の就職情勢は金融危機が発生する前の状況に戻り、11 月には出稼ぎに行く農民工の人数が1.52 億人に達して、2008 年8月より400 万人も増えた。農民工が出稼ぎに行く地域構成にも重要な変化が起こった。国家統計局の分析によると、出稼ぎ農民工の中部への就職割合は前年度と変わらないが、東部への就職割合が前年度より2%下がり、西部への就職割合が前年度より2%上がった。これは金融危機に対応する中で、中西部地域の経済成長が確実に加速されており、経済構造調整により農民工に新しい就職の機会が与えられたことを証明するものである。農民工自身による創業もある程度役立ったと思われる。特に集団林地権制度の改革により、山岳地帯、林区の農民の植林に対する積極性が引き出されたことも、多くの新しい就職機会が生まれたことと関連している。

 ④農村民生の改善状況が予測より良好であった。
 2009 年の財政増収は難しかったものの、中央政府は国内需要を拡大する中で国債発行の増加によって投資を拡大させ、その内の一部を民生改善に用いるなどいろいろな措置を取った。2009 年、中央政府による農村民生への投資は比較的大きく、農村の水、電気、道路、ガスなどインフラ整備への投入が例年よりも高まった。2009 年の農村道路建設への投資規模は史上最高レベルの360 億元に達した。また、史上最多の6000 万人余に上る農村人口の飲用水安全問題を解決した。1998 年のアジア金融危機における大規模な第一期農村電力網改造以来、2008 年までに合計3000 億元余りを投資してきた。現在始まっているのは第二期農村電力網改造である。農村教育、衛生、社会保障など社会事業の発展も急速である。教育の面において、中央財政は資金を24 億元投入し、2009年秋の新学期から、中等職業教育を受ける農村出身の家庭の経済状況が困難な学生と、専攻科目が農業関係である学生に対して授業料を免除する政策を始めており、この恩恵を受ける学生は440 万人に達した。社会保障の面において、現在、10%以上の県が新型農村社会養老保険を試行的に実施し、2009 年~2010 年の2年間で、中央財政から100 億元を支給する計画を立てている。この制度の実施により、満60 歳以上の農民は、財政補助金の中から毎月55 元の基本養老金をもらうことができる。2009 年11 月末までに、4631 万人が農村最低生活保障の対象となり、最低保障標準額は年1177 元、一人当たり月60 元の補助金を受け取る。2009 年、各クラスの財政部門から出された最低保障資金は300 億元を超え、うち中央財政からは216 億元が支出されている。

 ⑤農村改革の進展が予想より良好であった。
 中国には2.87 億ha の林地があるが、うち1.67 億haは集団林地である。2009 年、集団林地権制度改革を一層進めるために、建国後第一回目の中央林業工作会議が開かれた。今までに、各家庭に林地権が既に明確化された集団林地は1億ha を超えている。林地権の明確化以降、農民は「把山当田耕、把樹当菜種」(山は畑を耕すように管理し、林地は野菜栽培のように管理する)をして、地元の林業発展に大きな役割を果たしてきた。農民合作社経済組織の発展も極めて速い。2009年9 月末までに、全国の農民専業合作社は21.16 万件に達し、2007 年末を基準として7.14 倍増えた。2009 年、供銷社(農村で生活必需品や生産用具を供給し、各種農産物や副業産物を買い上げるために設けられた商業機構。購買販売共同組合。)関連部門の購入総額は初めて1 兆元に達し、販売総額は1.2 兆元を突破、利潤総額は130 億元を上回った。2009 年、供銷合作社の改革発展を進めるために、国務院は「供銷合作社の改革発展に関する若干の意見」という規定を発布した。勿論、改革がまだうまくいっていない分野もある。例えば、農村金融による中国農業・農村発展への支持は不足だとみなされているなど、解決しなければならない問題もたくさんあり、農村改革は更に前進させなければならない。「三農」事業が進展すれば、農作物の生産や農民の生活が安定し、社会の負担が減る。このことは、世界的金融危機に対応しようとする中国社会の基本的基盤となる。
 
二、今後の農業・農村発展の主要任務
 (一)農業・農村発展が直面している新しい環境
 世界経済の回復までには紆余曲折を経なければならない上、中国自身の経済成長基盤もそれほど堅固ではなく、経済構造が不合理であるため、発展方式を転換する必要がある。2009 年は21 世紀の中国発展過程で最も困難な一年であったが、2010 年に起こる困難もきっと少なくない。2010年、中国の農業・農村発展は食糧生産を低下させずに農民の収入を増やし、農村発展の良好な情勢が逆転しないようにしなければならない。農業・農村発展に対して、冷静な判断を失わないことが必要である。6 年連続の増産増収だけを見ると、農業・農村情勢にはあまり問題がなく、それほど心配しなくても良いようにも思われる。しかし、以前の状況を見てみると、農業情勢が厳しければ厳しいほど、農産品の供給が需要に応じきれない場合には力を合せて対応するが、逆に農業・農村情勢に問題がないと思えば思うほど、力を合わせることが難しくなり、対応しづらくなるものである。これは歴史の教訓である。食糧生産から見れば、自然要因の影響が強いので、食糧の連続増産が続けば続くほど減産に近づくことになる。勿論、供給関係を考えなければならないが、もし供給量が需要と比べて多くなりすぎると、「谷賎傷農」(農作物が安ければ農業に悪い影響を及ぼす)ことになる。農民増収という点から見れば、2008 年は歴史上で農民増収の絶対額が最も多い年であって、600 元増えた。しかし、都市住民との格差も一番大きい年であり、(格差の)絶対額が1万元を超え、収入の相対差が1:33 であった。2009 年の収入の相対差はさらに拡大すると予想されるので、この問題に関してよく考えなければならない。

 (二)今後の農業・農村発展の主要任務
 2009 年12 月27 日~28 日に開かれた中央農村工作会議では、2010 年の農業・農村業務のテーマを「都市と農村の発展を更に統一的に計画し、農業・農村発展の基礎を更に固く築き上げる」とした。このテーマは次の二つの理由に基いてまとめられたものである。第一に、農村だけを見て農村問題を考えても明確な結論が得られないので、都市と農村の発展を更に統一的に計画しなければならない。第二に、6 年連続で増産増収しても、農業と農村の発展基礎はしっかりしておらず、波風が立てばすぐ崩れそうになる。ここで言う「基礎」とは生産の基礎だけではなく、農村基層組織や農村インフラ整備などを含んでいる。
 2010 年の農業・農村業務の基本構想は「食糧供給を安定させ、増収により民生を豊かにし、改革により統一的な計画を促進し、基礎を固く築くことにより発展力を強くする」というものである。具体的に言えば、五つの任務がある。①強農恵農の政策システムを健全化し、資源要素を農村に配置する。②現代化農業の装備レベルを高め、農業発展方式の転換を促進する。③農村民生を改善し、都市と農村の公共事業の発展格差を縮小させる。④都市と農村の改革を調和させ、農業・農村発展の活力を増強させる。⑤農村の基層組織建設を強化し、農村における共産党の指導基礎を強固にする。今回の中央農村工作会議の開催には二つの大きな背景があった。第一の背景は「三農問題」解決のための党の見解がすでにまとまっていたことである。共産党第十六期大会に提出された「都市と農村の発展の統一計画」と、共産党第十七期大会に提出された「特色ある農村現代化路線を歩む」という方針に基いて、都市と農村の経済社会一体化発展の新たな構造が徐々に形成されようとしていた。全面小康を実現させるにしても、現代化を基本的に実現させるにしても、一番困難で一番重い任務は農村にある。そのため、都市と農村の発展を統一的に計画するという方針に基き、各種資源の多くを農村に配置してこそ、初めて本当の全面小康が実現できるのである。第二の大きな背景は、発展全体における農業・農村の安定的発展の重要性が十分に体現され始めていることである。今回の国際金融危機により、中国のような人口大国において、特に国際経済の景気変動や金融危機の場合に経済と社会全体を安定させるためには、まず農業・農村を安定させなければならないということがあらためて証明された。農業・農村の安定がなければ、全体的な大問題が起こったに違いない。中央政府は最近、特に共産党第十六期大会以降の内外情勢の変化と農業・農村発展情勢の変化に合わせて、全党と各関係部門に要求を出し、今後の「三農」問題解決の方向を指示した。今回の中央農村工作会議では、これらの内容を以下の五点にまとめた。

 ① 都市と農村の発展の統一的な計画を「小康社会」全面建設の根本的な要求とする。
 農業の現代化がなければ国家現代化はなく、農村の繁栄と安定がなければ全国の繁栄と安定はなく、農民の「全面的小康」がなければ全国人民の「全面的小康」はない、と共産党第十七期中央委員会第三回全体会議において明確に指摘されている。中国は既に「工業によって農業を促進し、都市の発展によって農村の発展を促進する」という発展段階、伝統的農業を改造し中国特有の農業現代化という道を歩む肝心な時期、二元構造を打ち破り、都市と農村の経済発展の一体化という新たなシステムを形成する重要な時期に入った。今回の中央農村工作会議が改めてこの要求を強調したのは、全党及び全社会の「小康社会」の建設における農業・農村発展の重要性に対する認識を統一させ、「工業によって農業を促進し、都市の発展によって農村の発展を促進する」という方針を貫いて、農業・農村発展のための条件を提供するためである。

 ② 農村の民生改善を国民収入分配構造の重要な内容とする。
 都市と農村の主な格差は、収入の格差のほか公共サービス面にある。そこで、今回の中央農村工作会議では、農村における教育・衛生・文化の発展レベル、及び農村社会保障レベルを高め、農村の水・電力・道路・ガス・住宅建設を強化する等の民生問題が重要視された。

 ③ 農村の需要拡大を内需促進の鍵とする。
 農村の需要が拡大されてこそ、中国の内需の潜在力が初めて発生するのである。2009 年、中国の多くの農村における社会消費品小売額の増加率が都市部より高かったが、このようなことはかつてなかったことである。これも中央が実施した一連の内需拡大措置の効果が現れたことを示しており、農村需要の拡大は経済成長を促す重要な鍵であるといえる。

 ④ 現代農業の発展を経済発展方式転換の重要な任務とする。
 中国において農業は国民経済の各部門で相対的に最も弱い部分である。基礎設備が立ち遅れ、技術装備レベルも低いため、自然災害に対する抵抗力が弱く、労働生産性・経済効果・利益が低い。また、農業による汚染付加がひどく、化学肥料、農薬の非合理的使用が一般的である。現代化農業建設の促進は国全体の経済発展方式の転換に重要な役割を果たす。

 ⑤ 社会主義新農村建設と都市化進展の促進を経済の安定的かつ急速な発展を保持するための持久的推進力とする。
 農業・農村発展と都市化の進展を加速させることは、金融危機に対応する重要な切り口であるだけでなく、中国が長期的に持っている、先進国にはない優位性でもある。中国では内需拡大の空間が非常に大きいのである。
 以上の五点は、共産党第十七期中央委員会第三回全体会議の「農村改革発展を促進するための若干の重大問題に関する決定」によって提起されたものであり、2010 年だけでなく、今後長期にわたって継続されなければならない。
 
三、「三農」が直面している三つの大きな挑戦
 農業と農村に関する三大問題は、我々が今後長期にわたって絶えず直面し、対応を求められる問題である。

 (一) 農産品の供給
 中国のような人口大国にとって、食糧等主な農産品供給の確保は自らの力で解決すべき問題である。中国の農産品に影響を及ぼす要因は非常に多いが、主に以下のようにまとめられる。
 第一に、農民の生産に対する積極性である。農産品供給というのは生産力の問題のように見えるが、実際にはまず生産者の積極性の問題だと考えられ、党中央は早くからこの点を認識していた。改革以前の耕地面積は現在より大きかったにも拘わらず、食糧供給不足であった。現在、耕地(面積)は以前と同じであるが、体制の改革により食糧が増産され、2009 年には5308 億㎏まで達したのである。したがって、生産者が積極的に作れば、中国の農業生産潜在力はかなり大きい。1998 年の生産量は5123 億㎏であったが、2003 年になると4307 億㎏に下がったため、需要を満足させることができなかった。これに対応するため、2004 年、中央の「一号文件」により、できる限り農民の増収を促進するという政策が提起された。食糧を生産する農民が積極性を持たないで、どうして食糧を多く作れるのか。農業税の税率を下げ、食糧生産に従事する農民に直接補助金を出して、最低買上げ価格制度を実施することによって、農民の積極性が一度に引き出され、一年間で388億㎏もの食糧増産に成功し、中国の歴史上で最も増産率が高い年となったのである。農民の積極性と農産品の供給との関係をよく把握しなければならない。
 第二に、耕地面積である。人口、資源、環境などによる農産品供給に対する圧力も長期的に存在する。中国の土地はこれ以上大きくならず、2010 年の土地情勢はさらに厳しくなるかもしれない。これに関して二つの問題がある。

 ①第二次全国土地調査の結果により、耕地の帳簿面積がある程度増えたようなので、必ずしも18 億ムーという耕地面積を厳守しなくても良いと考える人もいる。だが、帳簿面積の増加は実際的な意味がない。というのも、そこにある土地は今までもそこで使われており、これ以上増産となるはずがないからである。この点ははっきり認識しなければならない。

 ②都市住宅価格の高騰。18 億ムーという耕地面積の厳守が土地供給不足や住宅価格の高騰を招いた。そこで、建設用地の供給量を増やす必要がある。2009 年末、中央経済工作会議は「2010 年に都市化の進展を加速するというと、ある地方はこれを言い訳にして建設用地を増やすよう要求するだろう。だが、これは中国の農業生産能力にマイナスの影響を与える。耕地保護が直面している厳しい情勢を十分に理解してほしい」とはっきり指摘した。実際に、中国の耕地面積は大幅に不足している。2009 年、中国の耕地面積は18.26 億ムー、作付面積23.5 億ムー、その内の稲・穀物類作付面積は16 億ムーを上回っていた。現在実施している様々な措置は、経済のてこ入れによって農民が16億ムーの耕地を耕して食糧を生産することを中心に行われているが、そうしなければ5000 億㎏の食糧を作れず、需要を満たすことができない。補助金について言えば、最低買上げ価格の支出を除いて、2009 年の四項目補助金だけで1230.8 億元に達した。作付面積が最も小さかった2003 年(14.91 億ムー)から16 億ムーに回復するまでに6 年間かかった。16 億ムーの稲・穀物類の作付面積を除く、残りの7.5 億ムーは、野菜、植物油の材料、綿、砂糖の材料の作付面積がそれぞれ2.7億ムー、2 億ムー、8000 万ムー、4000 万ムーである。現在の耕地利用構造では、一定の農産品の供給はまだ不足状態である。2009 年、中国は大豆4255 万トン、食用植物油816 万トンを輸入しており、現在の生産レベルで計算すれば、この二種の輸入だけで、他の国の5.6 億ムーの作付面積を中国が利用していることに相当する。一旦、国際市場が変動すれば、これらの輸入品の価格をコントロールできないし、しかも、輸入農産品に関しては複雑な国際関係問題を考慮しなければならない。中国の耕地の備蓄資源は限られており、場所も遠く、条件もよくないため大規模な開墾が難しいので、今ある耕地を大切にしなければならない。

 第三にインフラ整備である。農業の自然資源は増やし難いため、投資の増大によって資源に替える。農業基盤をどのように築くか、特に耕地水利をどのように整備するかは中国が直面している大問題である。水があるかどうか、水利条件がよいかどうかによって状況はかなり違う。多くの水利施設は長い間修繕されておらず、次第に老朽化してきている。過去10年間に、「大水利」がうまく進められて洪水災害は減少したが、水利施設の管理メカニズムがないため小型農田水利施設が問題である。租税改革以前、農田水利建設は農民の「投工投労」(農民の施設整備労働に給与を支払う建設方式)によるもので、1999年の冬春農田水利建設の「投工投労」は120 億労働日であったが、2008 年には27 億労働日しかなかった。1 労働日当たりの金額は少なくとも10 元であろうから、これで計算すると、1000 億元の資金が減ったことになる。もし、出稼ぎの日当(50~60 元)で計算すれば、もっと多い減少額になり、年間投資額のこのような多額の減少が10年も続ければ大問題である。最近、財政専用項目資金から、例えば「小農水」(小型農業水利建設)補助金と「一事一議」(農業水利建設ごとの審議)財政奨励補助制度を設ける等いろいろな方法を採用しているが、それらの問題解決能力は限られており、新しい制度の創出が迫られている。
 第四に、技術の進歩である。最近、中国の農業技術はかなり進歩したが、中国の種子業は立ち遅れており、技術力が弱い。現在、果物や野菜、花卉苗木の種子市場シェアの大部分を外国企業が占めており、さらに中国の穀物種子市場へも進入するようになってきた。中国種子企業の上位20 社の売り上げ総額は、アメリカのモンサント社の売り上げの20%程度にしか及ばない。勿論、外国の種子企業が中国に進入してはいけないというわけではないが、問題なのは中国に自主的な創出能力を備えた種子産業がないということであり、今後、中国の農業発展の大きい憂慮となる。

 (二) 農業の基本的経営制度
 農業の基本的経営制度は農村の基本経済社会制度と政治制度の礎石であり、農業の持続的発展と農村社会の基礎でもある。農業の基本経営制度の安定は、中国のような人口の多い国にとって非常に重要である。最近の都市化の進展に伴って、農村の空洞化、農民の高齢化、農業副業化という現象がどんどん現れてきており、農業の基本的経営制度に直接または間接的に影響を及ぼしている。中央は工業化と都市化の進展の中で、農村の基本経済社会制度の安定をいかに保持するかについて強く関心を持ち続けている。近年来、ある地域では「改革」「試験モデル」「創出」を行っており、制度の安定に大きく影響している。この現象に対しては、更に研究・考察が必要である。ある地域では経営規模を拡大するために土地を企業に流動化し、農業の効果と利益を求めている。農民が出稼ぎに行きたくなかったら、地元の企業に雇用されてもよいという方式である。これは、企業が農家を代替し、農業の経営主体の入れ替える方式であり、今後の影響についてよく考えなければならない。また、ある地域では土地指標を高め都市建設に使うために農民の住宅を大規模に壊し、村を合併させている。この方法は現代化農業を進めることができ、新農村を建設でき、しかも都市建設の用地指標問題を解決できるため、多くの地方政府はこの方法に対して非常に積極的である。経済成長が中心であることは間違いなく、発展が第一要務であることも間違いなく、発展が道理であることも間違いないが、この点には多くの問題があるので、どんな現象・問題でも全てを経済の目で見て効率という基準で簡単に評価するわけにはいかない。社会の発展のためには、経済の拡大以外に考慮しなければならない問題がたくさんあるからである。土地制度は経済制度上の簡単な問題ではなく、農村の社会構造、ひいては政治制度にも及ぶ問題である。したがって、農村土地制度を変えれば、農村の社会構造や政治制度もそれに合わせてきっと変わってしまうのである。もし、効率が高ければ農村の土地をどう使ってもいい、効率が高ければどこに配置してもいいということなら、非常に複雑な農村経済、社会、政治問題は簡単に解決できるであろう。しかし、少なくとも、東アジア或いは農業人口の多い国では、そのようにはできないと考えられる。農民の土地請負経営権と宅地使用権は、農民自身の集団経済組織の成員権として与えられるものである。農村土地管理制度の改革は以下の三大基 本問題を考慮しなけらばならない。①土地の用途管理制度によって農地を保護すること。②農村集団組織の完備によって農村社会構造と政治体制を安定させること。③農家の農業経営主体としての役割の発揮に有利であること。現在の制度が完全ではないことははっきりしており、更に改革する必要があるが、改革する場合には最も基本的なことを考慮しなければならず、改革の方法と目標をはっきりさせなければならない。そうでなければ、最終的な結果は最初の計画とは逆方向に向かってしまうであろう。

 (三) 都市化と新農村建設を調和させながら進める
 現在、都市化推進についてさまざまな論議を呼んでいるが、明確にしなければならないのは以下の三点である。

 ①都市化と新農村建設の関係問題。
 アメリカ、日本、ヨーロッパ等の国々の現在の姿が中国の将来像であり、中国は都市化を中心任務として農村発展問題を解決するべきであるという考え方がある。しかし、この考え方は単純すぎる。予測によると、2020 年に中国は人口14.49 億人、都市化率が55%に達し、農村人口が6.5 億人を上回るという。中国の人口は多すぎ、アメリカ等の都市化レベルに追い付くのは遙かに遠い。今後の相当長い間、中国の多くの人口は農村に住んで生活することになる。したがって、我々は都市化と新農村建設を二輪駆動車として、並行してお互い矛盾しないように推進する必要がある。

 ②都市化と農民の市民化の関係問題。
 ここ20 年来、中国の都市化の成果は非常に大きいけれども、現在の都市化は主に都市空間の拡大だけであり、農民に市民となるチャンスと条件を確実につくってきてはいない。一部の人は「低コストの都市化」を強調するが、これはまた農民工の保障性住宅などの問題を解決しなくてもよいと強調することでもある。ブラジルは、効率を追求するために農民を都市に移住させた結果、多くの貧民街ができ、経済成長と社会安定に大きなマイナス影響をもたらした。もし、中国で同じことをすれば、もっと深刻な社会問題が発生するに違いない。2009 年中央経済工作会議は「都市化」を重要な地位に置き、現在、条件の備った農業人口を都市人口に転換させることが都市化推進の重要な任務であると明確にした。この重点任務を明確化することは中国の国情に合った選択であると思われる。

 ③都市化の分布と構造問題。
 近年の中国における都市化は、主に沿海の経済発達地域と大都市で行われた。そして、都市化計画地域における都市化の推進が速ければ速いほど、第二次・第三次産業が高密度に集中した。そうすると、産業に従って人間が移動したため、約1億人の出稼ぎ農民工が生まれた。その結果、これらの地域のインフラ整備、公共サービス、社会管理面の圧力が急速に高まり、居住環境が悪くなりつつあり、地代及び住宅価格が急騰した。この現状は、大都会の生活コストが高くなりすぎて、農民が一般市民として生活を送るのが難しいことを証明している。このような都市化は、大都会を創ることはできるが、農民を市民に変えることには役立たない。2000 年に開かれた共産党第十五期中央委員会第五回全体会議では、初めて都市化を独立した分野として論述し、二つの基本方針を提起した。その一つは都市化を積極的かつ確実に推進すること。もう一つは大中小都市と農村の調和的発展の道を歩むことである。2009 年の中央経済工作会議は再び、大中小都市と農村の調和的発展に重点を置くという方針を出した。つまり、我々は工業化、都市化の中で、経済構造と産業分布を調整し、内陸の中小都市と農村、特に中心鎮において更に多くの発展チャンスを作り、農民の近隣移転に必要な条件を作らなければならない。農民が近隣の都市へ移転するという基礎の下、一方では農家の経営規模を拡大させることによって、他方では農民専業合作社と農業生産の社会化サービスの発展によって、中国農業を現代化の道にのせることが必要なのである。


 陳錫文(中央農村工作指導小組)
 ≪中国农村经济≫2010年1月(No.301) P4-9